シリーズアキバ

オタクの定義について

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シリーズオタクというものの定義、特に言葉の定義について今一度考えてみました。あまりにも大きく漠然となり、今や線引きが困難であるために再定義をする。といいますか、元々あった定義に乗り換えると言いますか。


自分は世間的にオタクではないらしい。
世間一般に言う「オタク」とは、反社会的で気持ち悪く、非常識、無能な人間。
単にゲームやマンガが好きな人間を指すものではないようだ。

今更ですが、なるほどと思った。今まではオタクの事はオタクにしか分からない、一般人の勝手な定義など相手にする必要も無い。と、付き返していたが、冷静に考えてみるとその通りだと思う。一般人もゲームやマンガを読む。それらを程度の差でオタクかどうかを定義付けするのは難しく、ともすれば自分自身がオタクにされてしまう。知識や技量でオタクかどうかを判断するから面倒なことになっていたんだと気付かされた。

一般人の持つオタクのイメージと定義は彼らの中で合致しているのに、我々オタクの中では合致していない。オタクのイメージを歪めているのは彼らではなく我々なのではないか。という発想の転換。この視座から考えれば、マンガやゲームの知識に乏しくともオタクであると定義できて実に便利が良い。

マンガやゲームに詳しい人間は「マニア」なり「ゲーム好き」なりで彼らは括っているのだから、その括りを受け入れれば、色々足りてないのにオタクだと主張する連中も綺麗に捌くことができる。今更オタクというグループに未練など無いので、好きなだけ名乗りたい奴は名乗れば良い。

自分からオタクだと言うような奴は須らく「オカシイ」と判断され、結果オタクとして彼らに処理される。以前から感じていた違和感はコレだったのか。飲み会の席でオタクであると言った時、「キモくないじゃん?」と言われて、「オタクかどうかは見た目じゃないよ」とやっちまったが、そんな風に語った所で会話が噛み合う訳が無かったのだ。


特定の趣味を持ったグループ名ではなく、人間として欠陥を抱えた連中の呼び名へ。
定義を改めていくべきなのではないか。
世間の9割以上の認識が一般人の定義なら、正すべきは当然、我々オタクだろう。

「動きや笑い方がキモくないのにオタクじゃないじゃんね?」
自分の不明を恥じたい。アカデミズム、権威主義を嫌った振りをしていたが、その実、オタクによる一方的な取り決め、他者の意見、新たな視点からの見方を完全に無視してきた。顔から火が出る思いだ。

2017年10月
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