『<傷つきやすい子ども>という神話 トラウマ理論を超えて』
ウルズラ・ヌーバー 丘沢静也訳 (岩波現代文庫)
トラウマ理論とは何か?などは今論ずべき事ではないと判断し、内容に関する事を優先しようと思います。題名をそのまま受けとれば、子供が傷つきやすいというのはウソだ。という単なる反証本のように見えますが、そうではありません。
【こんな人にピッタリ】
・心理学は真理学なのか?と疑問を抱いている方
・新しい物の見方を身につけたいと思っている方
実は子供は多感ではないのだ!などという最近の新書にありがちな浅薄で、扱いに困るような書籍ではありません。そのような本を期待されている方は、ヨソをあたってください。本書では、大人と精神科医や心理学の不完全さを指摘する事を目的としているようです。
大人は幼少期を美化します。と同時に、現在形成された自分自身の全てを子供の頃に原因があるのだと考えます。そして、精神科医もそのような対応をします。皆さんも聞いた事があるはずです。退行催眠という手法を。これはとりもなおさず、幼い頃のトラウマに精神異常の全てがあると考えている証拠でしょう。
しかし、人間の記憶は曖昧なものです。美化するのもそうですし、悪い方に強化する事も、無かった事をあったように付け加える事もあります。精神科にかかれば、担当のお医者様が付きます。「あなたの精神病を治します。小さい頃に何か問題はありませんでしたか?」などと言われれば、事実に関わらず「ありました」と答えてしまう人も居るでしょう。人は話を合わせてしまう生き物です。今で言う「空気を読む」という行為をします。手を煩わせているお医者様に申し訳ない。好かれよう。などと考えてしまう。また、医者という権威にも盲従したくなるものであります。子供の頃の記憶は曖昧ですから、「問題がありました」などと話を合わせてしまうと手が付けられません。どんどん記憶の捏造が始まってしまいます。
仮に「そんなものは無い」と言いきってもお医者様はトラウマ理論を信じて疑いませんので、
「そんなはずは無い。無かったと思い込んで嫌な記憶を封印しているに違いないんだよ」
などとそそのかして下さいます。すると、どういうわけかふらふらと「あったかもしれない」などと言ってしまう。
この記憶の捏造を促進する論拠がかの「フロイトの精神分析」である。
医者という権威がフロイトという権威に盲従する。二重の権威が心神耗弱状態のクライアントを襲うのである。
彼らに逃げ道は無い。言われるままに記憶を操作され、父親に幼い頃乱暴されたという妄想に取り付かれて身を破滅させた女性の話等が掲載され、いかに精神医療、心理学というものが未完成であるかを伝えてくれる。
最愛の女性が大震災に遭った。自分は生き残ったが、現場からは女性の焼死体が発見された。
男は泣いた。2年もの年月が流れたが、幾ら泣けども涙は枯れなかった。
そこへ1人の女性が尋ねてくる。「あなた。私よ!今帰ったわ」
男はその声には応じなかった。彼女は2年前の震災と火災で死んでしまったのだから。
「うるさい!誰だお前は!彼女は2年前に死んだんだ!」
こうして男は最愛の女性を遂に迎え入れず、本当の意味で最愛の女性を失ってしまった。
上記の文章は私の創作ですが、このような事が現実に起こっているように思います。事実や現実があなたに語りかけてきても、自分の信じるものや固定観念に捉われていれば、その言葉を受け入れる事が出来ずに終わる。生涯を通じてあらゆる面において得られるハズだった物を受けとれずに終わる。それはあまりにも勿体無い。
心理学の穴を突くだけでなく、凝り固まった脳味噌をほぐしてくれる良著だと思います。