アキバ系雑談

電子書籍に思うこと 編集部の末席から

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じお☆ぐら横小自分は、今の電子書籍には否定的です。それは、既に述べた悪書の氾濫を危惧することが一点。ブロガーが書籍化するノリで電子書籍化する。それは、電子書籍という名前のまやかしであって、ブログと何が違うんだろう。


自分の言葉と考え方でいけば、電子書籍というのは、木の椀にメシを盛り、茶碗に味噌汁を注ぐようなもの。同じ椀の形をしているからと言って、好き勝手に物を入れるなんて違和感を感じませんか。洋食を日本の陶器に盛れば、不気味に思いませんか。入れ物には入れ物に合う物があります。デジタルデバイスに本を入れるのは、入るには入るが、適しているとは思えない。それが私の考え方です。

文章が読めるという一点に於いて、電子書籍も本も同じ物だと感じるのであれば、それはあなたが本を理解していない証拠です。何を馬鹿なと思うことが、馬鹿の証拠だと言い切ってもいいかもしれません。

本になるには酷く高い障壁があります。それはさながら一流大学です。なぜ学歴で人を判断するのか。それは、それだけ高い障壁を乗り越えた実績があるからでしょう?つまり、電子書籍はこの障壁を取っ払い、実績を実績としなくなったわけです。これは言い換えれば願書を提出すれば入学できるフリーの大学です。この大学に対して誰が畏敬したり、うらやんだりするでしょうか。

私は学歴が全てだなどという視野狭窄ではありません。
しかし、努力した人を正当に評価し、能力のある人間を正しく認める姿勢は必要です。
フリーの大学に入ったからといってバカだとは申しませんが、そういう電子書籍は本当に面白いだろうか。障壁を突破することで選び抜かれた人間と、そうではない人間を比較した場合、一般論としてどうだろうか。

あなたが企業主で、優秀と思われる社員が今日明日中に一人欲しい。
そうなったときに、本当に仕事が出来そうかどうか、人間性はどうか、など学歴以外の要素を考えるだろうか。また、学歴社会で勝ち残った人間の方が人間的にも、仕事的にも優秀かもしれない…?

電子書籍に懐疑的なのはこういうところにあります。
面白くない、売れない、実績を作れない人間が大喜びして(各社の戦略に踊らされて)いるだけで、実際はそんなパラダイスではない。優秀な作家、優秀な編集者、優秀な校正、ライター、デザイナー(イラスト)、装丁家、営業マン…そして何より聡明な読者が居て始めて価値ある本と実績を生む。

それらの過程を全て吹っ飛ばし、木の椀に米を盛っただけのフリーランクが神がかり的傑作を連発するとは思えない。それは編集者としてのプライドが許さない。四六時中、本のために生き、死ぬ人間達を、一足飛びに誰もが越えていけるハズがない。現場を見て居れば、彼ら「智の超人」の凄まじさを肌で感じる。彼らを越えるならば、それは智の神でしかありえない。

電子出版で書き手も読み手もウハウハと思っているあなたは、智の神でしょうか。

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