日々の雑事 - ZATTAs

女性は土俵に上がってはいけないか

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私の結論は、いけない。

伝統が守られ続けているから伝統としてありがたがられるようになると、それを打ちこわすことは罪です。悪しき伝統というものがあるとするならば、閉鎖的だからと相手にされなくなり、消滅するのが正しい。外圧をかけるのは野蛮で下劣です。どこかの国の食文化が下劣だから、信仰がイマイチだからと修正してやろうなんて発想が、すでにもうダメ。人権だ、多様性だのというなら、放っておくのがベストなんです。

 

ちなみに私は、あらゆる競技で男女別になっているのも反対派の男女平等論者です。さらにさらに、男性も乳首を隠すか、女性も出せっていうくらいの過激派です。女性上司ばかりの職場で働いた経験もありますし、男性至上主義でもなんでもありません。

 

さて、巡業で市長が倒れてしまって、女性が救急にかけつけた際、土俵から降りろといったことが、対外的な問題になっているとかなんとか。相撲で土俵に女性が入れないのは性差別、後進国!って叫んでいる欧米人は、じゃあ、なんでカトリックの神父に女性がなれねえんだよっていったら終わります。イエスが男性しか弟子に取らなかったから、女性は地位の高い聖職者にはなれない。そんなのはおかしい!性差別だ!っていえばいいんですよ。いえないでしょうし、いったらなにをされるかわからないと思いますけど。

 

人間、自分のことは棚に上げがちです。今回の救命行為はすばらしいことです。好角家としていいますと、相撲協会はアホですが、アホなりの伝統を持ってやっています。神様の前で携帯いじるとぶん殴られます。それが相撲の世界です。ぶち壊しにかかった結果、時代の流れ、外圧で神様がクビになっちゃいました。クビにした部屋の若いのが、さらに若いのをぶん殴ってますけど。これが相撲の伝統です。おかしいと思えば、子どもを相撲取りにしなければいいし、見に行かなければいい。

 

一方で大相撲は、いち早くビデオ判定を導入し、その歴史は50年近くになります。野球なんて2018年(リクエスト制度)からなのに。割と必要と思えば柔軟に動きます。

今回は伝統が伝統としてありがたがられているものを、期せずして打ち破られてしまったのですから、今後は相撲診療所ではなく、土俵のそばに医療従事者を置くかもしれません。もしかしたら、条件付きで女性の土俵入りも許すかもしれません。ただ、「大相撲だから」という条件もつくと思います。大相撲は興行ですから。神事の色合いも持ちますが、純粋な神事ではない。大相撲の土俵や花相撲で女性が土俵にあがれるようになったとしても、各地の神社にある土俵に安易に女性が入るのは別問題でしょう。先にも述べました通り、信仰が下劣だと外圧をかけるのは問題行動です。おかしい伝統は、外圧ではなく自然と社会が捨て去り、忘れることで消えていくのが正しい道です。

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