アキバ系雑談

多様性保全と不寛容について

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多様性を認めるということは?

多様性とは、いろんなものがあっていいということです。でも、多様であることをいたずらに維持しようとすると、これまたおかしなことになると私は思っております。弱い種を無理に保存した結果、生態系が乱れたり、進化が滞ったり、失敗したりする。生物は困難を乗り越えたものだけが生き残るという大前提を、人間の浅知恵で打ち壊してしまっていいものか、と思うわけです。もっとも、今回考えているのは、そういう話でもないんですけども。

 

多様性を認めると、不寛容も認めねばならないのか

多様な考え方を許容するということは、例えば、「◯◯人はクズ!民族浄化せよ!!」も認められるか、という問題が起きます。これは倫理観や正義といった時代によって大きく変化する問題ですから、よくよく考えないといけません。100年後、やっぱり◯◯人は生き物として劣っていたとか、あのとき絶滅させておけばこんな戦争は起きなかった……といったことがあるかもしれません。未来をみることはできないので、確実絶対の答えは出せません。

 

ただ、ひとついえることとして、「不寛容に対して寛容になるというのは、やめよう」という方針を立てることはできます。絶対のルールにはできませんが、方針、原則としてならこれでいいのではないでしょうか。このゆるやかなルールを持っていれば、いろんな場面で役に立ちます。実害が出ていないのに、気分を害したという理由だけで他者を(社会的に)抹殺しようというような人たち相手にも有効です。苛烈な不寛容にこそ不寛容であるべきです。この方針を持っていれば、民族浄化だ、宗教戦争だ、政党間や派閥争いだといった社会的なサイズから、エスカレーターの右か左かに乗り間違えただけで(関東と関西では乗る方向が慣習的に違います)SNSに写真を晒してボコボコに叩くような小さなサイズの不寛容にもノーといえる、幅広い場面で適用可能なノウハウです。同時に、そういう価値観の醸成がなされればと思います。こういうことこそ道徳の授業で教えるべきだと思うのですけれど、どうでしょうか。

 

決めつけないで欲しい!という叫びの背景に

あるSNSに、多様性を認めて欲しいという心の叫びがつづられていました。

「高学歴の人は学歴がすべてという尺度でみてくる。私はイラストレーターで専門学校卒。大学に魅力がなかったので行かなかっただけなのに、学歴がないから仕事ができないと決めつけてくる……」(意訳)

 

おおむねこんな感じの話でした。一般論といいますか、イメージとしてそうですね。高学歴の人間は学歴がないだけでバカだと思われがちです。でも、私の場合、学歴、学歴と呪文を唱えながら街を歩いているかといえばそんなことは全然ないですし、「俺、大卒。お前低学歴だろ」ってな感じで挑発されたときだけ、「◯◯大卒ですけど」とやり返す程度です。でもこれは、相手が先に刀を抜いたからであって、普段から「一流大卒だぞ!偏差値70超えとったんやぞ!!」と叫んで走り回っているわけではありません。むしろ、いい大学を出ておいて、わけのわからん社会の泥すくいのような仕事をやりながら、最下層民然としてブログを書いていることに恥じ入っているくらいです。よくよく考えれば、SNSに書かれていた高学歴だから決めつけてくるということ自体が決めつけで、学歴コンプレックスという自分のなかの問題を他者に反映し、いじめられていると思い込んでいるだけなのではないかとも思うわけです。もしくは、その高学歴な相手が個人的に問題がある人というだけで、その特定の人間をもってして、社会一般に大卒者は悪い奴と決めつけておいて、多様性を受け入れてくれ、不寛容は許さないと叫ばれても困る、といったところです。

 

そもそも、人間の多くが自分より下の存在がいることに安心する性分を持っていて、それだからどのクラスにもいじめはあるし、解決困難なんですよね。性根が悪いのは人間の特性であって、高学歴のせいではないかもしれない。学歴という武器をひとつ持っているから、それを使っているだけで。背が高ければ背で、顔がよければ顔で、このSNSのイラストレーターだって、絵心がない人間を絵心で「マウント取って」見下しているかもしれない。それなのに、

 

学歴で順位づけされたからなんだというんでしょうか。棺桶に入るまでがレースですし、仮に「僕、MIT首席で出ました。あなたバカですね」っていわれても「すばらしい!おみそれしました」と素直に思わないものなんでしょうか。自分より上も下も際限なくいるということが「受け入れられない」という、自分への不寛容を社会に投影し続ける以上、生きづらさは消えないと思うのですけれど。

 

こういう自省なき多様性論は、必ずといっていいほど攻撃性をはらみます。人のせいにしちゃいけません。人のせいというのは、自分に後ろ指さされるところがほぼほぼなくなってから、やるものです。

 

 

 

 

 

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