闇市から始まり、オタクの街へと特化していったアキバが形骸化していく異質さは、近年の街としては群を抜いて珍しいものとなっています。そのあたりからオタへの偏見なんかも見ていけたらなと思って書いてみました。
通常街は利用者によって形成されます。そこには妙な外力は働かない。米軍基地や、大きな工場などがやってきて、大きく変わることはあっても、ブームで街が変わることはほぼなかった。
何度も書いていますが、アキバの変化の問題点は、主導権がオタクからオタクではなく、オタクから一般人となる事です。
いままでは、電気→音楽→PC→萌えと、変遷を続けてきてもそこにはオタクが居て、そのオタクによって街が調整されてきた。更に言えば、その調整の中にも共存があった。何かが古い商売を完全に食いつぶすことはない。
覇権争いで敗れても、パーツショップなどはギリギリ生きて行ける。しかし、今後はわからない。主導権が一般人に移り、小洒落た街になってしまえば、パーツショップなど完全に不用となる。
極端に言えば、一般人が見に来ているのはキモオタがフィギュアを買い求める姿である。最近の報道は、萌え中心であり、パーツショップなどの電気ではない。
また、視覚的にキモイとわかりやすいのも萌えである。電子部品などとなると彼らは価値がわからない。即キモイとかバカだとは言い切れない。彼らは自分より劣っている劣等種を眺めに来ているきらいがある。当然全員ではないが。
オタは生殖などの機能を捨てた代わりに文化に特化した人種であるといえると私は考える。生殖行為は脈々と受け継がれてきた「血」を後世に残す行為であり、動物の本能である。オタは、その本能を調整している。または、持ち合わせていない。
その根本的な部分を表に現さないからこそ一般人には理解できない存在であり、血を守らないという態度は先祖への裏切りでもあり、また、劣等種でもあるのである。動物としての最低限の仕事をしない者を理解できないのは当然ではある。
余談だが、人間が考え、生み出す能力を持った瞬間からこのオタという存在が出てくることは十分にありえた。あることに異常に執着するという行為がキモイとされながらも、一方では独創性のある人材を育成したいという国の方針がある。今オタは、このダブルスタンダードの下に居るといえそうだ。
話しを戻すと、その理解できない少数派h恐らく動物としては致命的だが人としては見所がある。なぜか?現在の国家では強制的な性交渉は禁じられている。これを筆頭に本能と関係する部分を堅く禁じている。性に関して言うならば、本能を捨てる事は法治国家の下では非常に有効な手段である。
法によって規制された性は、人の理性が相当の高みまで上りつめた証拠でもある。ともすれば、性欲になびかない存在は究極の理性を持っているとも言えそうである。まぁ。誰もオタが究極の理性を持っているなどと信じはしないだろうが。
動物の責務を果たさないオタは裏切り者であり、自分達の価値の基準を乱す存在でもある。だから劣等民族であり、何をしても良いという結果になってくる。一般人の中には電車男がオタクであり、それ以外は目に入っていない。
腕力も知力も容姿も財力も全てが劣っていると考えている人は多い。しかし、それは仕方が無いことである。彼らの周りには日常、恒常的にオタは居ないのだから。与えられたイメージがそのままのオタだと考えてもしょうがない。
とはいえ、クロスフィールドが完成した後は夜でも明らかに一般人がオタの割合を上回っている現状をみるといたたまれない。街はDQNが座り込みタバコをふかし、肩で風を切って歩いている。日曜はパラパラ会場となる中央通り。
このまま流入が続けば、何の変哲もないつまらない雑多な街に変わっていくだろう。京都と肩を並べる外国人向け観光地が一つ消えるのだ。酔っ払いとテンションの上がりすぎた若者を見に行きたい外国人などそうは居ない。住んでいる私ですらそうなのだから。
主導権が移るのは悲しすぎるって方は是非ワンクリを~。
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