エロイものが嫌いという方がおられますよね。それは別に良いと思います。ところが、そんな人の中にはエロイものが無条件に憎い!という人も居るようです。そんな人たちにとって性的な表現物全てが悪であり、その表現物が人間に害を与えるかどうかはどうでもいいわけです。
オタク文化が人をダメにするかどうかはこの際関係ない。ただ、エロイものは全て悪であり、規制できるのであればどんな手順を踏んでも良い。という人が居ます。これは主に女性に多いようですね。まぁぶっちゃければ母親に多いのではないかと。あとフェミニストにも多いようですね。
以前フェミニストの男性に下ネタを言ったらこっぴどく怒られました。
「性を冒涜している。お前は女性の敵だ。お前のような奴が女性をレイプするのだ。」
と。どちらが人権侵害なのかと思いましたが、そこはグッと我慢。無条件に嫌いなんですよ。性に対しての嫌悪感を持っている人間にとっては全てが悪なんでしょうね。
18歳未満立ち入り禁止なイラストサイト(主に同人作家さんとか)の入り口には、性表現が嫌いな方と、(性的)ギャグが通じない方お断りとなっていますが、あれはやはり、性表現=悪と直結させ荒らしにやってくる人間が居るからなんですよね。性表現を潰す自分は正義だと信じて疑わないのですから恐ろしいものです。
性表現が嫌いな人間と好きな人間両方が居ていいと思います。にもかかわらず、性が嫌いな人間の方が社会的地位が高く見られている気がしますね。それに応じて、規制論も高まったりしてます。性によってはぐくまれた文化や産業も多いですし、何より自分達も性行為によって脈々と受け継がれてきた存在なのですから、否定する理由にはならない。それが2次元だろうが3次元であろうがです。
とはいえ、やはり両者が生き延びるためには性表現を見る権利と、見ない権利がなくてはならない。最近の言葉で言えばゾーニング(ですか?詳しくははてな辺りでドゾー)というもの。性表現を受け付けない人は皆kればいいだけの話。そして、見えなければ良い。
本来、性表現を隔離すれば何の問題も無いわけです。しかし、現在そうなっていませんよね。いえ、隔離が甘いというわけではありません。東京では成年向け雑誌がなんとも表現しがたい粘着力の甘いシールでとめられていますし、コミケでは表紙にB地区を描くのは禁止と突然言われて表紙のB地区に絆創膏をはってみたりさせられてますもんね。
規制はむしろ厳しくなっているのではないかと思いますが、それでも尚彼らは規制論をやめません。それは、冒頭でも触れております通り、彼らにとって性表現=悪であり、その撲滅なくして平和と安息はないと考えているからです。
歌舞伎町に隔離されてきたAV産業やその他諸々は追い出され、アキバに隔離されてきたオタ向けの2次限産業も矢面に立たされております。彼らはわざわざ性産業のある場所へと足を踏み入れ、性産業があるなんて信じられない!と金切り声をあげます。彼らにとって風俗もエロマンガも関係ないんです。
私は個人的に嫌いな文化というものはないんですが、友人はパンクロックやヘビメタが大嫌いなんだそうです。私は音楽に疎いので名言は出来ませんが、友人はあんなもの聞いている人間は頭が悪い奴ばかりだ!などと、暴論を吐いています。きっとそんなことは無いでしょうが。また、知り合いの女性は人が死ぬ番組が嫌いなのだそうです。
ゾーニングは性的嫌悪を抱かないための手段です。つまり嫌いなものを見なくて済む権利です。そんなのがあるのであれば、パンクロックや野球に触れずに済む権利もあるのではないでしょうか?サスペンス劇場や洋画のようにバンバン人が死んでしまうのが嫌いな人にも見なくて済む権利があるべきでしょう。ついでに言えば、DQNを見なくて済む権利、オタを見なくて済む権利もあって然るべきでしょうね。
そんな事を言っていれば、何もかもが否定されてしまいますね。妥協は必要不可欠です。ですが、彼らは妥協を許しません。性は100%の絶対悪であり、自らは絶対正義と信じていますから。手始めにガンダム辺りを見て絶対悪なんてない。と感じて欲しいですねw
全ての悪を根絶やしにするまで彼らはそれをやめないでしょう。その行為自体が彼らのアイデンティティーであり、正義なのですから。ゾーニングという見ない(見えない)権利があるのなら、見る権利も保障して頂かないと不平等だと感じるのですが、皆さんはいかがでしょうか?
規制できれば何でもいいってのが何より怖いって方は是非ワンクリを~。
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