シリーズアキバ

オタキングこと岡田斗司夫さんが「オタクは死んだ!」と結論付ける

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シリーズ好きだったんですがね。氏は。オタクがいなくなったなら、オタク学なんてやらなくていいですよね。少なくとも氏の定義上では。私に譲って下さいw新世代が生まれると叩こうとするのは年寄りの悪いクセですね。私はメイドオンリーのオタも受け入れますが、氏は萌えオタ含めて受け入れないおつもりなんでしょうかね。最近の若いオタは~ってなトコでしょうか?


結局ペシミストだったんですね。きつくなると悲観論で逃げますか?
まぁ、何でもいいです。諦めた人はそれで。それも選択肢でしょう。私は諦めませんよっとw
オタクの文化は細々と続いてきたものですから今後も細々と続けていきたいものです。たとえそれが延命治療だったとしても。


時代の流れに伴って文化が多様化するのは仕方が無い事です。ただ、オタクからオタクへとサブカルチャーが形を変えながらも引き継がれる事は必要だと考えています。一般人に浸食されてオタ文化が希薄になることは文化の消滅であり、多様化とは正反対の事ですから。


先ず、本当に何にも考えない、感じないオタという存在が居て、しかも彼らは自分がオタだとは認めない。そんな彼らが一般人の非難の的になっている部分があるんですが、当の本人達は全く気にもしない・・・といいますか、自分がオタだと思ってないので非難されている自覚が無い。その非難が飛び火して、社会の流れに敏感なタイプのオタが苦しんでいる。という部分があると思います。


以前有名中古ショップである「トレ○ダー」でエロゲを買っている人にあなたもオタクですか?と尋ねたら烈火のごとく怒った人が居るそうな。私も高校時代、フィギュアを集めている友人に俺と同じ(オタク)だな。と言ったらムチャクチャ怒られました。


「造形美に惹かれているだけであってオタクではない」


という論を一方的にまくし立てられました。十分オタクですよね。堰を切ったように話し出すのはw
彼らをいくら啓蒙しても無意味という感じがありますね。それはそれでいいでしょう。しかし、社会にも適応しようともがきつつオタをやっている人や、隠れオタは彼らのような不感症的な対応は取りにくいです。


自分とは少し異なる気質のオタに降りかかるハズの火の粉が社会に敏感なオタに降りかかってしまう。不感症的なオタは、いくらマスコミにからかわれても気にしませんから一層マスコミは攻勢を強めます。何言ってもOKですからね。


その現状から考えれば、一度オタクは死んだとして分割や再定義をしてみてもいいかもしれません。(岡田氏がそういった意味で言ったかどうかは不明です。多分言ってません)


全てのオタが立派であるというオタクエリート論や、全てのオタが犯罪者になるというオタク犯罪予備軍論が馬鹿げたものであるように、一つの集団を一定のものの見方で見るのは往々にして歪みを生みます。加えて今の「オタク」は一集団として認識するにはあまりにも大きすぎます。分割するのも一つの手段でしょう。オタクとネオオタクとか(ネーミングセンス悪w)



オタクは死んだなんてウソだ!って方は是非ワンクリを~。
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