シリーズアキバ

通り魔事件の無差別性は論じるに値するか


シリーズ最近では秋葉原での通り魔事件の記憶も薄まってきたような気がします。この記憶を風化させる必要はありませんし、するべきではないと思いますが、同時に過剰に取り上げるのもいかがかと思います。
(ここ数日沢山のコメントを頂戴しております。ありがとうございます)


通り魔事件を現代の若者の病理だとか、親殺しを肉親を殺すことによって世間を驚かせるための装置だとかなんとか勝手に語る精神科医にうんざり。精神科医は他人の心理より自分の心理を完璧に分析できるようになってからそういう事を言ってください。自分さえ分からないのに他人が分かるわけがないと。

無差別に人を殺したとして、犯人が誰でも良かったというが、誰でも良いなんて事はないんです!と主張する識者の皆さん、勝手に決めんであげてください。死にたがりの自分としては、「そこら辺の人間を4~5人殺せば死刑にしてくれっかな~」なんて思ったりしますから。危険な思想ですね。自殺願望とはそういうもんかと。後先考えられれば自殺する為のプロセスなんて考えない。

誰でも良いというのは、手ごろな人間、適当な人間という条件を満たす存在。
本当に誰でもいいわけではなく、非常に広い枠ではありますが、条件がある。
でもそんな枠は条件として認識するに至らない程度の条件でしょ?
だから誰でも良かったという表現で間違ってない。

文学青年がやりたがる、作者の意図を遥かに超えたトンデモ深読み。アレに似てませんか?語るに足る問題に仕立て上げたいんでしょうが、そんな工作をする必要はないでしょう?犯罪史の単なる1ページであり、現代を代表するようなものではない。

神戸の「酒鬼薔薇聖斗事件」以降、猟奇的な事件がある度に必要以上に背景を探りたがり、あたかも1つの事件で現代の世相や未来予測が出来るかのように語りたがる。そんな重要なもののように思えないんですよ。犯罪や事件にはブームがある。練炭自殺ブームから硫化水素自殺ブームへ。ま、このブームってのもマスコミの掘り下げ方次第でスポットライトが当たってるだけの場合もありますけどね。

そんなに犯罪が我々の世界を規定する程重要なものなのか?
確かに身近な恐怖ということで、見過ごせないという心情は分かりますが、私にはそこが理解できません。

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