アキバゲーム

マリオランの評価に見るオタクの今昔について


スマートフォン向けアプリゲーム、スーパーマリオランが公開されましたね。勢力は大きくわけて2種で、1200円なんて高い。「アプリゲームは無料であるべき」という無料勢と、「1200円が払えないガキや貧乏人は失せろ」という有料勢という様相です。このほかに叩いたり、騒いだりできればなんでもいいという勢もいるでしょうが、ここでは割愛。マリオランが公開されたことで起こったネット上での論争、提言を見て、考えたことをまとめてみました。

そもそも、任天堂が1200円としているということが無料の方は結構です、といっていると解釈できますけれども、これがガチャタイプの課金(という一般的に優しくない料金体系)を回避するための良心設計だったとしたらば、任天堂の代弁者然として、「貧乏人は失せろ」などというのは任天堂のためになりません。もっとも、貧乏人だガキだと乱暴に当り散らされたら誰もが嫌な気分になるでしょうし、潜在顧客を減少させるのは間違いなく、味方でも聖戦士でもありません。また、ガキ……もといお子様こそが経営の継続、ブランド維持戦略の根幹なわけですから、ここに嫌われるような行動を企業としてするわけがなく、お子様を遠ざけようとする行為はありがた大迷惑でしょう。

アプリの評価をめぐる攻防

マリオランの評価を読んでいると、ある意見が目にとまりました。「課金しないとピーチ姫も助けれられない時代になった」というものです。この評価によって、2つのグループが浮かび上がってくるように思います。ひとつはマリオがパッケージソフトだったことを知らない、もしくは忘れた(ないしはマリオアンチ)グループと、とにかく携帯ゲームが嫌い、スマホが嫌いのグループです。ネットではことさら「最近の若い者はゲームが有料だということも知らない」という側面が強調されますが、これは結局のところ若さを理由に自己正当化したい連中の妄言ではないか、とも思うわけです。ゲームはサブカルチャーだ、若者文化だと偉ぶっていた新進気鋭の面々が、今となっては大人の意見とやらを振りかざしているというのがなんとも悲しい。あらゆるものが無料の方がいいに決まっています。でも、そうはいかない。だから、そうなるようにがんばるというのが若さや新しさ。でも、無料にする弊害というものがあるから有料の方がいいし、有料でも会社が儲かるとは限りませんから、しっかり集客して利益を出してコンテンツを継続してもらおうというのが大人の意見、古さゆえの安定です。これら事情が本心から仔細に語られれば、若者も納得するでしょうけれども、実際は若さや目新しさを叩くための隠れ蓑として使われていたりで、それって自分たちが一番嫌いだった大人のやり方と一緒じゃないか、それで自分たちは納得できたのか?そんなわけないだろう、と。身をもって体験してきた人間が同じことを繰り返す様は見ていていたたまれなくなります。

ゲームを単なる作品として見られない時代がやってきた

ここまでマリオランの話をしてきましたが、かくいう私も公開から1時間後にインストール、3面遊んで「ここから先は有料です」となったら、アプリを削除したクチです。別に1200円が高いとは思いません。なかなかちゃんと作ってあるし、携帯電話もない時代からはじまったマリオが、こんなに綺麗に手のひらサイズで遊べることには感動もありました。でも、課金はしなかった。理由は簡単で、私が昔気質の人間だからです。マリオは据え置き機で遊びたい。そんな個人的な想いがどうにも拭いきれず、モヤモヤ感が頭をもたげてきて、これは心から楽しめない!とアンインストールしたわけです。Wii Uのマリオやルイージのアペンドコースも遊び尽くせていませんしね。ただ、私はマリオは据え置きという考えや、スマホの操作性の悪さを「時代」や「若者」が無能になったなどという意見に帰結させることはありません。新しい遊び方を提供するのが任天堂(開発は最近悪名高いDeNAらしいですが)ですからね。64のコントローラー、びっくりしたでしょう。いや、お家でゼビウスができる方がびっくりでしたかね。

かつて、ゲームはひとつの表現方法や娯楽の形でしかなかったのですが、ファミコン登場から30年以上経過し、その人が遊んできた経歴や人生といった背景に評価が左右される時代になったのかもしれません。マリオは据え置き機で、などというのはその最たるものでしょう。私は携帯ゲーム機からスマホの課金ゲーだってやっているわけですから、ハードによる垣根はないのです。でも、歩んできたゲーム遍歴が「マリオランはいいや」という選択をさせた。もちろん、これからのゲーム遍歴で「マリオランもいいな」に変わることもあるかもしれません。それでも、私にはゲームをその出来不出来だけで評価することができなくなってしまいました。皆さんのなかにも、そうだという方がおられるはずです。それがゲーム会社のブランドだったり、画質だったり、交友関係だったりがゲームの評価を左右する。ゲームを知れば知るほど、その鑑定眼が曇っていくというのは悲しいものです。

ただ、ひとついえることは、ゲームの遍歴を持たない子どもたちが遊ぶ作品について、曇った目でしか見えない大人がとやかくいうのは野暮だということ。それは我々が小さいころ、一番嫌なことだったはず。これからのゲームは彼らが育んでいくのです。今のゲームに納得できないなら、それはもうゲームを引退するときでしょうし、満足できないなら自分で創るべきなのです。大人になった今なら、それができるはず。そうしない以上、過度に現環境を大人の意見で叩く権利は我々にはないのではないかと思います。

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