さて、速報です。ニートは増えているのか?なら私も我慢したでしょうが、「なぜニートは増えているのか?」と言われるとちょっと抵抗を感じます。それは、前者はニートの増加の真偽はわからないという要素を孕んでいますが、後者は増えているのが前提だからです。ニートが増えているかどうかは未だ立証されていないんですけども。
以前は社会が固定化されていました。親がやっていることを疑わずにやっていれば最低限の生活が可能だったのです。しかし今は、昔と比べてどう見積もっても多様化しています。親がやっていることが絶対ではなくなり、あらゆる選択肢の提示の前に戸惑う人や、そのどれもが魅力的に感じる人、また逆に、どれもこれも同じように見えてしまって仕方がない人もいるでしょう。
終身雇用や年功序列といった社会制度も何も考えずにただ働く事を促進してきました。働く事に意味を見出すのではなく、企業に所属する事に意味を見出していたのです。結果、一糸乱れぬ企業戦士が大量に量産されたわけですね。同じ会社の仲間同士だ。という連帯感、またもっと大きくくくるならば、同じ社会で仕事をしている仲間という意識。
それが総中流を推し進め、無自覚的な就職を推し進めてきた。ともいえるはずです。今の若者は仕事につくまえに悩みます。キャリアを持ったいわゆる一流大学を良好な成績で卒業した人間でも就職を前にして行き詰るのです。
それは、自分の能力を活かしたいという当然の願望と、適職に従事したいという願い、また、バカな上司の下では働きたくないといった職場環境など様々なものによって、簡単に仕事を決められないのです。
就職について真剣に考えたことがないという彼ですが、しかたないのではないかと思われます。テレビでは、真剣に考えないなんてぶっちゃけありえないとでも言いたそうですが、自分達は真剣に就職について考えたことがあるのでしょうか?
新聞社やテレビ局の上層部は良家の跡取りや資産家が独占しているという話も聞きますし、中小企業で企業戦士をやっていた人たちは、リクルートスーツでもって何十(時として百数十)社という会社を駆けずり回って就職先を見つけたのでしょうか?真剣になんか考えなくともあるていどの道筋があったのでは?
卒業後はサラリーマン
という安直な選択肢のみが用意されていた時代であったとすれば、今の年寄り連中に口出しされる覚えはないですね。単純に比較の対象になりえないのですから。
俺は組織論とミクロ経済学を学んだから、これを軸にして新たなマーケティング戦略を生み出すぞ!
なんて言っていた大人がどれほどいるでしょうか?時代は細分化に向かいます。以前のように経済学部をでたから銀行員~。とかそんな単純なものではないはず。真剣に仕事について考えていないのは今も昔も同じ。もしくは、昔の方がひどかったかも知れません(比較できるものがないので明言は避けますが)
漫画を描いたりブログをしたりすることがまるで人間のクズがやるかのようですね。テロップをつけて取り上げるほどのことなのでしょうか?マンガを描くのがやりたいことである。これは一つの方向性ではないでしょうか?たしかに収入には繋がっていないようですが、漠然とした夢であると認識してあげてもバチはあたらないと思うのですが。テレビはそれをゆるさないんですね。
農業がしたいとか、証券マンになりたいとか、漫画を描きたいとかって、同列に扱われるものじゃないですか?なぜそこまでしてインドア派をバカにしたがるのか理解できません。インドア派(オタ)は犯罪を犯すからですか?それだから外に連れ出したいんでしょうか?外に出て常に遊んでいた団塊や大人の皆さんの犯罪率はすこぶる高いですけどね!
個性の尊重などを片方で歌っておきながら、結局他人と同じ事をしろ。という「普通」になる事を推奨する社会。表面上を西洋風に取り繕っても、結局東洋人&島国根性が抜けない以上混乱を招くだけです。私の2~4倍以上生きている人ばっかなんですから、そろそろそういった事に気付いて欲しいです。
若者、オタ、ニートはセットで常に叩かれるよなって方は是非ワンクリを~。
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