「文学賞に出してみたら?」
と、かるーく言いやがって。チキンの俺に出来るわけなかろう。
文学部を出ましたが、文学なんてからっきし。いつからか小説が酷く無意味な物に見えて、ひたすらに遠ざけてきた。というのも、名文という作品を読み、逸脱の極みの作品を読み、それを超える作品に暫く出会えなかったから。
・極まった傑作を見てしまい、それに及ぶ作品に出会えなかった
・精神障害者かと思うようなライトノベル作家のせいで、小説が嫌いになった
・今のライトノベルを読まない奴はアホという風潮
・結局権威に寄りかかったり、商業主義丸出しの文学賞受賞者
そして何より、
・自分が何も書けない愚図だということ
自分が愚図な野郎だと痛感したくない。だからこそ小説から逃げてきた。
自分が書けるのは、せいぜい自身が経験してきた実話を元にしたピカレスクロマン(悪漢小説)しかない。近年、そういった小説の需要は中二病ヒーロー物になったそうで、昭和の30年代にドヤ街の簡易宿泊所でゴロツクような連中とガチャガチャやるような作品は死んでしまったらしい。かつて、自身の力不足も手伝って、テーマが古い、読んでて全然現実味が無いとの指摘を受けた。
その時に、いつか、きっと、と思っていた心が急に力を失って、いつの間にやら収まるところへ収まったといった感じだ。きっと数千点、数万点の中から選ばれる文学賞に、需要も後ろだても無い自分が参加する資格などあるはずがない。
鬱々としながら生きないために、どこかで切り捨てた贅肉が、いままた目の前、腹の上に乗っている。逃げない方法はないものか。小説を書きたいわけじゃないが、文字は書いて生きていきたい。
中学時代の自分が見れば、顔面とどてっ腹に2、3発は確実だろう。
情けない大人になって済まない。
10年も経って、お前の夢を叶えるどころか、忘れていたさ。
今の自分には自分を罰する覚悟も無い。
粗野で博打にしか興味の無い犯罪者と、小市民の振りをした穀潰し。
本当のクソッタレはどっちだろうなァ。