私が選ぶ、ゲームシーンを変えたゲーム機10選。日本を変えた…などという逃げは使いません。国内限定で語れば、任天堂製品しか出てこない。10も選んだらウソになる。ゲームの世界を変えた10選とするのが正しい。これに関してはこちらへの批判でもあります。
・テレビテニス(1975)
私が知っている世界最古のコンシューマーゲーム機「オデッセイ」の開発元の技術協力で生まれた対戦型テニスゲーム。世界初の対人戦ゲームになるのだろうか。何よりも驚くべきは、テレビとゲーム機の間に配線が無い事。ワイヤレスゲーム機なのである。今のゲーム機には無い画期的な作りになっている。確か、ゲーム機から電波を飛ばし、テレビのアンテナで受ける形式だったとか。
・ファミリーコンピューター
Atariやセガ系列とも迷ったが、この世代では最強、不敗だろう。
1990年頃のソフトはSFCとやりあっても勝ちうる内容。
ジョイメカファイトやぼくドラキュラくん、仮面の忍者花丸などは名作。
もちろん、それ以前のソフトも名作揃いである。
・ネオジオ
ゲームセンターいらねーじゃん。これに憧れた諸兄も多いはず。
とてもじゃないが買えませんでした。
SNKのゲームセンターのROMが家にやってくるわけですから、
そりゃもう業務用に家庭用が勝てるわけがありません。
町の文房具屋の前や駄菓子屋の前に置いてあるアップライト筐体に入っていたメタルスラッグや餓狼伝説2に心をときめかせていた時代です。まさかこれが家でできるなんて!私は出来なかったんですけどね。ええ。
・スーパーファミコン
言うことありませんよ。FCにSを冠するだけはある、よくできた弟。
・PS
セガサターンも面白い作品だらけでしたが、商業的に成功したのはこちら。もちろん非常に面白い作品ばかり。この頃形作られたブランドはPS3になって全てのブランドがくたばった。価格破壊と3Dへの夢を与え、新世代と新時代に相応しいメディアを擁したSCE唯一の傑作ハード。音質、容量、携帯性…全てを実現し、メモリーカードによるセーブ管理や複数枚組によるゲーム容量のメディア依存を打破した。結果としてボリューム至上主義が蔓延し、大作ソフト期待市場を形成してしまった。が、これは物の価値の分からん消費者の責任であってSCEの責任ではない。一部のブランド銘柄ばかり売れ、味の良し悪しも分からん連中が訳知り顔で酒を飲むあの光景、あの市場に似ている。
・NINTENDO64
3Dマリオの衝撃。3Dとはこうやって使い、こうやって遊ぶのだと示した好例。
今の3D作品の全てがここにあるのではないか。特殊なコントローラーは、
忌避されるものではなく、新しい遊び方を生み出すツールだとも教えてくれた。
3Dとインターフェイスで無限大の彼方へ。マリオカート64やスマブラといった、
新旧様々なタイトルが飛び出したが、サードパーティーはイマイチ盛り上がりに欠けた。
ゆけゆけ!!トラブルメーカーズ(エニックス)などは面白い発想だと思ったが。
個人的に愛してやまないのが、傑作「相撲ソフト」である『64大相撲』である。
力士育成シミュレーション要素があり、恋愛シミュでもある。
私はこの頃から力士名に「千代大海」と付けるほどの千代大海フリーク。
つまり、12年間千代大海LOVEの筋金入り。
この1997年の9月場所に千代大海関が新入幕を果たしたんですよ。
…相撲の話はこの辺にしておきましょうか。
・PS2
DVDを普及させるのに一役買った、こいつの脳味噌を集めれば、核ミサイルが正確に落とせるスーパーマシン。家電屋ソニーの最後の花火とも言いたいが、DVD以外に誉めるべき部分は無い。PS時代のブランド力で生き残り、ライバル任天堂が瀕死だったこともあり、ゲームと言えばPSと思っている若い世代が急増。彼らはゲーム機は1種類しか無いのが当たり前に育っているので、他機種の事を知らないし、ゲームに詳しくなく市場としては急速に手詰まりになった。まあ、ソニーも悪いが任天堂も悪い。ゲームはバカとオタク専用になったのはこの時代。
・ドリームキャスト
大敗を喫したゲーム機。オンライン対戦機能を備えたが、時代が早すぎた。バーチャロンやカプエス、ぐるぐる温泉なぞ電話代が怖くて怖くてだったし、サクラ大戦のメールで精一杯。そもそもネットが殆ど普及していなかった。セガサターンほどではないが、名作、傑作も幾つか存在するセガがセガだった最後の時代。今のセガは名前だけ。中身はシロアリにやられた家屋みたいな状態。完全に乗っ取られた抜け殻。
・Xbox360
黒船襲来!とはならなかったが、世界で始めてオンラインで動画配信、ゲーム配信を始めたハード。意外に思われるだろうが、Wiiに続き、世界では2位の現行機。日本のゲームソフトがいかに劣り、日本人の固定観念や好みが日本のゲームを殺すのかを教えてくれたハード。ゲームソフトの開発が困難になっていたPS2時代からの悪しき習慣がソフト屋(MS)にかかれば最適化出来てしまい、ソフト屋ならではのカユい所に手が届く作りが嬉しい。コンシューマ機としてはHD(ハイビジョンはNHKが作った日本語です。正しくはハイデフ)第1号になる。高画質を追求したゲーム機としてはPS3を凌ぐ(PS3は性能が良くても開発が難しいために未だに1年先行した360よりも美しいゲームがなかなか作れないという問題がある)部分も多いが、いかんせんHD機は開発費が高騰してしまう。PS3に比べれば安価な開発費で済むとはいえ、Wiiにゲームメーカーが流れるのは当然だろう。ゲームソフトの価格を再度考える機会になった。
【解説】
前回ソフトの価格を考えたのは、ロムカセットの高騰時。そこに明確な結論を出してくれたのはPSという素晴らしいハードだった。12800円がざらになったSFCのカセットから6800円のCDメディアへ。これは革新的な価格破壊であり、停滞気味だったゲームの可能性を見せてくれた。同時期のSSもその点ではライバルであり、効果があったろう。
・ゲームボーイ
携帯ゲーム機という世界を確立させた多大なる功績がある。
通信対戦やカメラなど、家に居る状態では叶わない、携帯機ならでは遊びを生み出しました。灰色、黄色、薄型×2、カラー…色々と買いました。
・ニンテンドーDS
2画面、タッチペンという遊び。私自身、2画面と言う事に驚き、当初否定的な事を述べていました。また、タッチペンなどを用いたところで、活かす場面が辞書で言葉を捜したり、つっついて遊ぶくらいしかないだろうと。しかし、タッチペンを上手く用いたゲームが登場(世界樹の迷宮やリズム天国)し、タッチペンを活かすクリエイター次第でグッと面白さが増すと実感。再度一般の人々をゲーム機に惹きつけた功労者。ゲーム機がゲーム機でなくても良
いという好例。
【蛇足】
Wiiが選ばれなかった理由としては、ニンテンドーが今までのハード制作でやってきた物の集大成に過ぎないからです。コントローラーを新しいものにしたから凄いんだ…というのは64もGCも言える事であって、今までの任天堂タイトルの資産を全部Wiiに投じているに過ぎません。また、ゲーマー以外の層に投げかけるソフトというのは、任天堂がずっと昔からやっていることです。64、GCで失敗した分、今回はそれが強く出た。それもこれもDSという呼び水があってこそ。