炭火の魔力という話があります。美味しんぼの鰻の話なんですけどね。 これは元々、しとうと鰻という落語のネタでして。 私が落語を知ることになったのも、まあ、美味しんぼなんですけど、いわゆるパクり。 パクりっつっても話を丸ごと持ってきているわけじゃないんで問題にはなりませんが。
しろうと鰻というのは、徳川の世が終わり、元武士となったお旗本が食うために鰻屋をやるというお話。もちろん、武士に鰻がさばけるはずもなく、腕の良い金という職人を使って店をやることになる。ところがこの金さん、酒癖が悪いので大層有名で、あちらこちらで一悶着やってきた過去がある。お旗本もその点承知の上で、金さんに酒を断つ約束をさせた上で店をやることになった。
開業の日に祝い酒が届き、金さんに飲ませないのも妙な話だとつい酒を出してしまう。で、酒癖の悪い金さん、グビグビと酒をくらって悪態をつき、主人(お旗本)の怒りを買って放り出されてしまった。
放り出されたほうも困るが、放り出したほうも弱る。鰻が出せないのだ。
仕方なく詫びにきた金さんを許し、店に迎えると、途端に大繁盛。元より腕の良い金さん、たちまち大勢の客がつき、大入りも大入り。またもや祝いの酒が届いてしまう。
何を思ったかこの酒を主人が金さんに飲ませてしまう。結局、元の木阿弥。
店に職人が居なくなってしまった。居ませんでは通りません。鰻を食わせろと客は押し寄せる。元武士の誇りもある。店を開けないわけにもいかず、鰻裂き片手に意気込む主人。
客にさばく鰻を選ばせ、その鰻を捕まえたはいいが、ニョロニョロと手の中から這い出してしまう。ヌメリを取ろうと米糠をかけようとして自信が糠まみれになったり、鰻の頭を薪で叩き潰そうとして誤って奥方にブン殴られたりと大騒ぎ。
終いには手の中から逃げる鰻に右手、左手、また右手と差し出すうちに前へ前へと歩き出してしまう。
「これ、前を開けよ」
「これこれ、履き物を出せ」
鰻に合わせて主人は前へ前へ。驚いた客が声をかける。
「旦那ァ、どこへいかれるんで!」
「どこにまいるとな?わたしに分かるか。鰻に聞いてくれ!」
とまあ、こういうオチがつくワケですが。動きもついて見ていて面白い。
美味しんぼに出てくる鰻職人は金三(きんぞう)で、素人丸出しの若旦那が二代目として鰻屋を継ぐと聞いて嫌になり、酒浴びて銀座の往来で大暴れ。店を飛び出すどころか警察のご厄介に。
作中に鰻を見せて客に選ばせるというシステムは、江戸時代の鰻屋のシステムそのものだし、作者が落語に精通していることが分かる。最終的にはガスで焼く鰻はマズく、やはり炭火じゃないといけないと料理の知識を盛り込んで、若旦那と金三が手を取り合うわけですが、この話、後日談ないんだろうか。
金三と若旦那がなんかでモメて、若旦那が鰻をさばけば丸パクりなんだけども。